
「保護犬は病気や障がいを持っている子が多い」と言われることがありますが、それは本当でしょうか?
純血種や子犬がどうしても欲しい、ペットショップで犬を購入したいと考える場合に欠かせない繁殖引退犬。主にブリーダーのもとで繁殖を目的として飼育された後、年齢や体調などの理由で手放されることがほとんどです。
というのも、2021年に施行された改正動物愛護管理法で「メスの繁殖は原則6歳まで、生涯出産回数は6回まで」という数値規制が設けられたためです。この規制自体は繁殖犬に大きな負担をかけないようにという福祉観点で生まれたものですが、逆に繁殖現場からは多くの引退犬が生まれるようになったという側面もあります。また、繁殖犬の多くはメスで、生涯のほとんどをケージの中で過ごしてきた子も少なくありません。
今回は、繁殖引退犬に見られやすい健康上の問題や行動特性は本当にあるのかどうか、そして繁殖引退犬を迎える前に確認すべき注意点を考察してみました。
繁殖引退犬の健康状態は悪いのか?
すべての繁殖引退犬の健康状態が悪い、というわけではないことをまずはお伝えします。志のあるブリーダーもたくさんいらっしゃいますし、そういう方は「純血種をきちんと保全させたい」と考え、繁殖犬の健康状態にも万全の気配りをされています。
ただ、一部のブリーダーの中に劣悪な環境で飼育/繁殖をしていたり、頭数が多いことから手が回らないというケースも見られます。そんな環境で飼育されていた繁殖引退犬に見られがちな疾患が、以下のようなものです。
口腔内疾患:歯石・歯周病
繁殖犬の診察経験を持つ獣医師の中には、「口腔内が健康な繁殖引退犬は少ない」という人がいます。ブラッシングや歯磨きといったデンタルケアがまったく行われていないケースもあり、重度の歯石や歯周病が見られることも。また、出産を繰り返したメスの場合、授乳で大量のカルシウムが失われるため、それを考慮した給餌やサプリメントなどの対策を取っていないと骨密度の低下が起きやすく、歯が脆くなることも考えられます。
また、生年月日がわからない場合は歯の状態から年齢を推定することが多いため、繁殖引退犬を見慣れていない獣医師だと歯石や歯の摩耗、抜けた歯の多さから実年齢より高めに見積もることがあります。
生年月日や年齢がはっきりしない子を迎えた場合は歯だけで判断せず、譲渡元の記録や全身の状態もあわせて確認してもらうと安心です。
生殖器疾患:子宮蓄膿症・乳腺腫瘍
避妊手術を受けていないまま年齢を重ねたメスは、子宮蓄膿症や乳腺腫瘍のリスクが高まります。子宮蓄膿症は命に関わる急性の疾患で、発見が遅れると死亡することもあります。繁殖引退犬の多くは手術なしで業者から渡されるため、引き取り後すぐに動物病院で検査することが望ましいです。
オスの繁殖引退犬はメスに比べると少数ですが、不妊手術を受けていない場合は前立腺肥大や肛門周囲腺腫などのリスクがあります。これは繁殖引退犬に限らず、不妊手術を受けていないオスすべてに言えることです。
声帯切除・抜歯などの処置
悪質な場合、「吠える」「噛む」などの理由で声帯切除手術や犬歯の抜歯を施すブリーダーが存在します。これらは犬の自然な表現手段を奪う行為であり、倫理的に問題のある処置。引き取り後に気づくケースもあるため、口腔内・のどの状態は早期に確認することが重要です。
繁殖引退犬が理由ではないーー犬種由来の遺伝疾患を知る
注意しなければいけないのは、繁殖引退犬だからといって、特別に病気が多いわけではないということ。むしろ「犬種そのものが持つ遺伝的なリスク」のほうが多く見られます。日本の人気犬種ランキングを見ると、もともと遺伝性疾患を持ちやすい犬種が多くランクインしています。埼玉県獣医師会の資料によれば、「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国」とされており、その背景にはメディアの影響による特定犬種への需要集中と、無秩序な繁殖の歴史が考えられます。
代表的な犬種と遺伝性疾患
トイプードル(人気犬種第1位)
日本で長年トップの人気を誇るトイプードルですが、進行性網膜萎縮(PRA)、僧帽弁閉鎖不全症(心臓病)、膝蓋骨脱臼、甲状腺機能低下症など、21種類以上の遺伝性疾患が確認されています。特に進行性網膜萎縮は、成犬になってから徐々に視力が失われていく疾患で、繁殖引退時に初めて発覚するケースもあります。
チワワ
水頭症(脳に液体が溜まる疾患)、膝蓋骨脱臼、気管虚脱などにかかりやすいと言われています。水頭症は先天性のものが多く、繁殖を重ねた親犬から生まれた子にも遺伝リスクがあります。
ミニチュアダックスフンド
椎間板ヘルニアにかかりやすいことで有名です。胴長短足という体型の特性上、椎間板への負荷が大きく、繁殖を重ねた高齢の個体では発症リスクが顕著に高まります。マヒや歩行困難を引き起こす場合があり、手術が必要なこともあります。
遺伝子検査が実施されていない状態で繁殖を繰り返してきた犬は、疾患が広がるリスクが高まります。
疾患原因遺伝子を持つ親同士の交配では、子が発症する確率は25%に達するとも言われていますが、実はこれは劣性遺伝子の疾患で両親ともにキャリア(発症していない保因犬)の場合。両親どちらかがすでに発症している場合は50%、両親ともに発症している場合はほぼ100%にまで上がり、実際にはもっと高い確率になることが多いのです。
繁殖引退犬を迎える際には、こうした犬種由来のリスクについても把握しておくこととよいでしょう。
行動特性と社会化不足という「心の問題」
繁殖引退犬で考えられるのは、身体的な問題だけではありません。散歩をせずにケージの中で限られた刺激しか受けずに育ってきた場合、行動面・心理面での課題を持っていることがあります。
社会化期の環境がもたらす影響
犬には生後3週〜12週頃に社会化期と呼ばれる重要な時期があります。この時期に外界の様々な刺激(音、人、場所)に触れることで、犬は社会への適応力を身につけます。繁殖業者の管理下では社会化期にほとんど外界刺激を受けられないことが多く、生活音や散歩を怖がる、他犬とうまく交流できないといった弊害が見られる繁殖引退犬も少なくありません。
見知らぬ人への恐怖は通常の8倍以上
海外の研究では、元繁殖犬は一般家庭犬と比べて「見知らぬ人への恐怖が8倍以上」「階段・掃除機などの日常刺激への恐怖が6倍以上」という結果が報告されています。これは意地悪な性格ではなく、経験不足から来る恐怖反応です。一方で人や他犬への攻撃性は低い傾向も報告されており、恐怖への対処が「逃げる・固まる」という形で現れることが多いと考えられます。
よく見られる行動の特徴
以下のような行動が見られることがありますが、これらはすべて「知らなかっただけ」で改善できる可能性があるものです。
・リードを嫌がる・散歩に慣れていない
外を歩く経験が少ないため、首輪やリードに強いストレスを感じる子がいます。最初は抱っこで外に慣らすところから始めることも有効です。
・人に甘えることを知らない
撫でられたり抱っこされた経験がなく、触れられることへの恐怖を持つ子もいます。無理に触ろうとせず、まず同じ空間にいることから信頼関係を築いてください。
・常同行動
意味のない歩き回りや一点凝視など、慢性的なストレスの名残りとして現れる行動です。
・食事の食べ方が独特
競争環境で育った場合、ガツガツと急いで食べる習慣がついていることがあります。
・トイレの失敗
ケージ内で排泄することに慣れているため、決まった場所や屋外での排泄に慣れるのに時間がかかることがあります。
繁殖引退犬を迎えるときに気をつけたいこと
① 動物病院でフルチェック
迎える前、もしくは迎えたらできるだけ早く、獣医の健康チェックを受けることをおすすめします。保護団体や自治体の施設では、保護犬全ての健康チェックをしてから譲渡することが多いので、健康状態についてしっかりヒアリングすることも大切。お迎え後にかかりつけの病院でダブルチェックしてもらうと、より安心です。
確認すべき項目は以下になります。
・口腔内の状態(歯石・歯周病・抜歯の有無)
・生殖器の状態(子宮蓄膿症・乳腺腫瘍など)
・避妊・去勢手術の要否
・ワクチン接種歴・フィラリア・ノミダニの状態
・犬種特有の遺伝性疾患リスクの確認
さらに、保護団体やブリーダーから引き取る際は、以下についても確認することをおすすめします。
・飼育環境が清潔で適切なスペースが確保されていたか
・散歩や人とのコミュニケーションをとる生活を送っていたか
・健康状態の記録(ワクチン歴、健康診断など)が提供されるか
・トライアル期間が設けられているか
・引き取り後の相談サポートがあるか
② 焦らず「3ヶ月ルール」で信頼関係を
新しい環境での適応には、一般的に3ヶ月程度かかると言われています。最初の1ヶ月は環境に慣れること、2ヶ月目は飼い主への信頼を育てること、3ヶ月目からは本格的なしつけを始めるイメージで取り組むと無理がありません。失敗を叱るのではなく、成功をおだやかに褒めるスタイルで。
③ 散歩は義務ではなく「発見の旅」
最初から長時間の散歩を義務化しないようにすると無理がありません。抱っこできる子なら、無理に歩かせずにまずは抱っこで外の匂いや音に慣らし、少しずつ地面に降ろして歩く練習をします。抱っこが難しい子は、室内でハーネスやリードに慣れさせるところから始めるといいでしょう。
④ ペット保険の加入は早めに
犬種由来の遺伝性疾患は、年齢を重ねるにつれて発症リスクが上がります。繁殖引退犬はある程度の年齢に達しているケースも多く、加齢とともに医療費が増える可能性を念頭に置いて、ペット保険への加入を早めに検討することをお勧めします。保険によっては既往症や高齢を理由に加入できない場合もあるため、受診前に複数社を比較するのがベストです。
「かわいそう」ではなく「一緒に生きる」
「初めは名前を呼んでも反応しなかった子が、3ヶ月後に尻尾を振って走ってきた」
「今まで甘えたことがなかったのに、ある日突然ひざに乗ってきた」
そんな小さな変化を感じられるのは保護犬ならではの喜びかもしれません。
今の日本には、動物を「物」として扱う民法の問題、保護団体の慢性的なリソース不足、繁殖業者への規制の甘さなど、まだ多くの課題が残っています。しかし、一人ひとりが「どこから迎えるか」「どんな命と暮らすか」を考えることが、動物福祉の底上げにつながるはずです。
Q. 繁殖引退犬は高齢の犬が多いですか?
A. 法改正によりメスは原則6歳で繁殖引退となるため、6〜8歳程度の中高齢犬が多い傾向にあります。ただし、体調や個体差によってはそれより若い犬もいます。小型犬~中型犬の平均寿命は14〜15年程度ですので、引退後も長く一緒に暮らせる場合がほとんどです。
Q. 繁殖引退犬はどこから迎えられますか?
A. 動物愛護センター(保健所)、保護団体・NPO、一部のブリーダーが直接募集しているケースがあります。また、保護団体が実施している譲渡イベントでも出会えることがあります。保護団体経由の場合は、トライアルや事前面談が設けられていることが多く、ミスマッチを防ぎやすくなっています。
Q. 繁殖引退犬は子犬を迎えるより難しいですか?
A. 子犬との違いはありますが、「難しい」というよりも「違うアプローチが必要」という表現が適切です。子犬はしつけに時間がかかりますが、引退犬はすでに落ち着きがあり、吠えや噛みつきが少ないケースも多いです。最初の適応期間に丁寧に関わることで、多くの子が家庭犬として馴染んでいきます。
Q. 繁殖引退犬の社会化不足は改善できますか?
A. 改善できます。社会化不足の影響は、適切な環境と時間、丁寧な関わりによって大幅に軽減できることが多くの実例から報告されています。特に恐怖心については、安心できる環境で少しずつ刺激に慣らしていく「脱感作」のアプローチが有効です。必要に応じてドッグトレーナーや行動学の専門家に相談することも選択肢のひとつです。
Q. 声帯切除を受けた犬を迎えた場合、どんな配慮が必要ですか?
A. 声帯切除によって大きな声が出なくても、犬はさまざまな方法でコミュニケーションをとろうとします。表情・耳の動き・しっぽ・体の動きなど、「声以外のサイン」を丁寧に読み取る習慣をつけることが重要です。苦痛や異常を伝えにくい状態であることを念頭に置き、定期的な健康チェックをより慎重に行いましょう。
Q. 繁殖引退犬を迎えることで、動物福祉の改善につながりますか?
A. 直接的な答えはひとつではありませんが、「保護・引退犬という選択肢を選ぶ人が増える」ことで、無計画な繁殖への経済的インセンティブを下げる効果が見込めます。また、繁殖引退犬の存在をSNSや口コミで伝えることで社会的な認知が高まり、制度変化の一端を担う可能性があります。消費者の選択と発信は、大きな力を持っています。









