
野生で生まれ育ってどんな病気を持っているかわからない、人に育てられていたけれども予防接種を受けたことがないかもしれない……。保護犬がそれまで生きてきた環境はまちまちのため、その後の生活に備え、健康状態の確認は欠かせません。
一般的に、保護団体や動物愛護センターでは基本的な医療措置や健診が行われますが、それだけでは見えない疾患や問題が飼った後にわかることもあります。
保護犬をの譲渡前に実施される医療的措置と検査の内容を具体的に整理し、それぞれを自費で実施した場合の費用相場も提示します。さらに、通常の健康診断では見えにくい疾患についても解説します。保護犬を迎えた後の生活を現実的に想像するために、ぜひ最後まで読んでみてください。
すべての犬に必要な“基本的”医療措置
以下の予防医療は保護犬であるかどうかに関わらず、すべての犬に必要な最低限のケアのひとつ。これらの措置がなされているかどうかを譲渡前に確認すると良いでしょう。
① 狂犬病ワクチン接種
狂犬病予防法で義務付けられており、すべての犬に毎年の接種と市区町村への登録が必要です。保護施設では未接種の犬に対して接種を行います。
【自費での費用目安】
2,500〜3,500円(年1回)
② 混合ワクチン接種
犬が集団で生活する保護施設では、感染症のリスクが高くなります。ジステンパー・犬パルボウイルス感染症・犬伝染性肝炎などを予防するため、5種・6種、または地域によっては8種混合ワクチンが接種されます。
【自費での費用目安】
5種混合:5,000〜8,000円(地域・施設によっては10,000円以上のところも)
8種混合:7,000円以上
③ 不妊・去勢手術
意図しない出産・繁殖を防ぐため、保護施設では譲渡前に手術を行うか、もしくは「譲渡後に里親が行う」という取り決めのもとに費用を一部負担するケースがあります。健康状態に問題がなければ実施され、子犬では生後半年頃が目安とされています。
【自費での費用目安】
去勢手術(オス):15,000〜30,000円(東京23区では20,000〜35,000円)
避妊手術(メス):25,000〜50,000円
※いずれも術前検査・入院費・抜糸代が別途かかる場合あり
④ マイクロチップの確認・装着
ペットショップ・ブリーダーで販売される犬は装着義務があり、2022年6月以前に飼われていたり、知人や保護団体などから譲り受けた犬は努力義務が定められています。マイクロチップのデータは環境省が制度所管し、公益社団法人 日本獣医師会が登録機関として管理・運営を担っており、迷子や不正譲渡防止に役立ちます。
自治体運営の団体では、マイクロチップ装着を譲渡の条件としているところがほとんどです。
⑤ ノミ・マダニの駆除
外で過ごしていた保護犬にはノミやマダニが寄生していることが多く、駆除薬の投与が行われます。
“状態確認”のためのヘルスチェック
犬の全身状態を把握するために、以下のヘルスチェックをおこなう団体もあります。健康状態の良い犬や、これまでの生育歴がはっきりしている場合には一部の検査しか実施しないこともありますが、その場合は譲渡後に最寄りの動物病院に調べてもらうとより安心です。
視診・触診・聴診(身体検査)
獣医師が目・口腔内・皮膚・四肢の状態を確認します。栄養状態・脱水の有無・外傷・骨や関節の異常などをチェックします。所要時間は短く、費用も安価ですが、内臓の状態や感染症の有無はごく一部しかわかりません。
血液検査
全身の臓器機能(肝臓・腎臓・膵臓・血球)を調べる基本的な検査です。貧血・炎症・感染・代謝異常などを確認します。
【自費での検査費用目安】
血球検査:1,000〜3,000円
血液化学検査:1項目あたり500〜800円(複数項目セットでは数千円〜)
全体の血液検査パネルとして:5,000〜10,000円程度
尿検査・便検査
尿検査では腎機能・膀胱炎・糖尿病の兆候を確認します。便検査では腸内寄生虫(回虫・鉤虫・鞭虫など)の有無と消化器の状態を把握します。
【自費での検査費用目安】
1,000〜2,000円(1項目)
レントゲン検査
胸部・腹部の臓器の大きさや形、骨・関節の状態を確認します。心臓の拡大・結石・骨折・異物誤飲の有無などが分かります。
【自費での検査費用目安】
3,000〜5,000円
腹部エコー(超音波検査)
腹部の臓器(肝臓・脾臓・腎臓・胆嚢・膀胱など)の形態や腫瘍・結石を確認します。痛みがなく体への負担が少ない検査です。
【自費での検査費用目安】
3,000〜5,000円
総合的な健康診断(身体検査+血液検査+尿便検査)をまとめて実施した場合の目安は10,000〜20,000円程度。レントゲン・エコーが加わると20,000〜50,000円以上になるケースもあります。
保護犬に欠かせない「感染症検査」
保護犬は、複数の犬が密集した環境で過ごしてきたケースが多く、感染症のリスクが通常の家庭犬よりも高い傾向があります。代表的な疾患と必要な検査を確認しておきましょう。
フィラリア症(犬糸状虫症)
蚊を媒介として感染する寄生虫疾患で、感染が進むと心臓・肺・血管に成虫が寄生します。初期には症状がほとんど出ず、発見が遅れると生命を脅かす深刻な状態になります。
検査は血液で行い、成虫の抗原を調べる「抗原検査」(感染後5ヶ月以上経過が目安)と、幼虫(ミクロフィラリア)を調べる「ミクロフィラリア検査」の2種類があります。陽性が確認された場合は、治療の段階や方法によって費用が大幅に増えます。予防薬の投与開始前には必ず検査が必要です。
【自費での検査費用目安】
ミクロフィラリア検査:500〜1,000円
抗原検査:2,000〜3,000円
犬ジステンパーウイルス感染症
犬が集団で生活する施設で感染が広がりやすいウイルス性疾患です。発熱・鼻水・目やに・咳などのほか、神経症状(けいれん・麻痺)が現れることもあります。混合ワクチンで予防できますが、保護施設で接種が間に合っていない場合は注意が必要です。
ジステンパーは完治後も神経障害が残ることがあります。保護時の状況や過去のワクチン歴が不明な場合は、接種の確認と症状の観察が必要です。
【自費での検査費用目安】
ジステンパー単体・またはパルボ等とのセット:4,000~8,000円(治療代は別途)
犬パルボウイルス感染症
激しい嘔吐・血便・白血球の急減を引き起こす、死亡率の高い感染症です。特に子犬での重症化が問題とされます。混合ワクチンで予防できます。便に異常がある場合は、抗原検査キットやPCR検査で確認を行います。
ケンネルコフ(犬伝染性気管気管支炎)
複数の病原体(ボルデテラ菌・パラインフルエンザウイルスなど)による上部気道感染症です。保護施設や集団生活の場でうつりやすく、乾いた咳が続く症状が特徴です。一般的には自然治癒しますが、重症化・長期化するケースもあります。
保護施設での集団生活経験がある犬には、この感染歴がある可能性を念頭に置いておきましょう。
【自費での費用目安】
4,000~10,000円(治療代は別途)
基本のヘルスチェックだけでは見えにくい疾患・障がいもある
譲渡後のトラブルになりがちなのが、基本的な医療措置や健康診断だけでは見えない疾患や障害がわかったときです。健康と聞いていたのに「飼ってみたら話が違っていた」というすれ違いにつながりがちですが、これは団体の見落としなどではなく、上記のヘルスチェック等だけではなかなか見つけられないのです。
一部、以下の疾患も事前に検査している団体もあるので、相談時に確認することをおすすめします。
歯周病
3歳以上の犬の80%以上が歯周病の予備軍といわれています。人間と同じく、その見た目の問題だけでなく、口腔内の細菌が血流に乗って心臓・肝臓・腎臓に悪影響を与える可能性もあります。保護犬や繁殖引退犬では歯のケアがほとんど行われていないケースが多く、迎えた直後に歯石除去(スケーリング)が必要になることも珍しくありません。歯石除去は麻酔をして処置しなくてはいけないため、数万円かかることもあります。
また、犬の生年月日を推定する際、歯の状態が悪いことで実年齢よりも高めに見積もられるケースも見受けられるので(とくに繁殖引退犬や野犬を見慣れていない獣医の場合)、注意が必要です。
僧帽弁閉鎖不全症(心臓病)
心臓の弁が正常に閉じなくなり、血液が逆流する疾患です。犬の心臓病の中でもっとも多く、中高齢の小型犬(チワワ・トイプードル・キャバリア・マルチーズなど)に多く見られます。
初期は静かに進行し、軽い疲れやすさや散歩での座り込みが見られても、加齢や運動不足と誤認されやすく、症状として認識されないことも少なくありません。
確定診断には聴診(心雑音の確認)に加え、胸部レントゲンと心エコー検査が必要で、基本的な身体検査だけでは重症度の判定は困難です。安静時の1分間の呼吸回数が40回以上の場合は、心臓疾患のサインである可能性があります。
慢性腎臓病・肝臓病
尿検査などで発見される疾患ですが、初期はほぼ無症状です。肝臓病は血液中の肝酵素(AST・ALT・ALPなど)の上昇から発覚し、腎臓病も水をよく飲む・尿量が増えるといった変化が出るころには、ある程度進行していることが多いようです。
股関節形成不全
大型犬(ゴールデンレトリーバー・ラブラドールレトリーバー・シェパードなど)に多い遺伝性疾患で、股関節の骨頭と臼蓋の適合が悪く、慢性的な関節の不安定と炎症が起きます。
初期症状は「立ち上がりのもたつき」「腰を左右に振る歩き方(モンローウォーク)」「後ろ足を揃えて跳ねるように走るバニーホッピング」など、一見するとちょっとクセがある程度に見えがちです。触診では判断しづらく、確定診断にはレントゲン検査が必須です。
難聴・白内障
高齢の保護犬や一部の犬種(ダルメシアン・ブルテリアなど)では先天性難聴が見られることがあります。また、白内障は老齢性のほか遺伝性のものもあり、若齢でも発症する犬種があります。
進行度合いや確定診断には専門的な検査(BAER検査による聴覚評価、眼科検査など)が必要です。「呼んでも反応が薄い」「物にぶつかる」といった行動の変化を見逃さないことも重要です。
短頭種気道症候群(BOAS)
鼻や喉の空気の通り道が狭いために起こる吸器障害の総称で、ブルドッグやパグなどのショートノーズ(短頭種・鼻ぺちゃ犬)の犬種によく見られます。選択交配の歴史に由来する「気管や鼻の穴が短く狭いことから呼吸しにくい」という先天的な特徴があり、それが慢性的に続くと喉の粘膜が引っ張られて反転し、さらに気道を狭めてしまう喉頭小嚢外反症に至ることがあります。
日常生活には問題ないか、どの程度体調に影響を与えているかを調べるには、レントゲンやCT、喉頭鏡・内視鏡検査などが必要になります。
行動・精神面の問題
これは医療検査とは少々異なりますが、精神的なトラウマや社会化不足に起因する行動問題は、健康診断では検出できません。保護施設や繁殖犬舎での生活経験が長い犬では、散歩を嫌がる・人への過度な恐怖・常同行動(意味のない繰り返し行動)などが見られることがあります。
これらはしつけの問題ではなく、過去の環境によるものです。迎えた後にドッグトレーナーや行動学専門の獣医師に相談する選択肢を念頭に置いておくとよいでしょう。
基本的な医療措置やヘルスチェックは万能・確約事項ではない
お迎え前に知っておきたい健康状態を、「基本的なヘルスチェックでわかること」と「わかりにくい・注意が必要なこと」として整理すると、以下のようになります。
健康チェックで分かること(比較的確認しやすい)
外傷・栄養状態・体格(身体検査)
血液・尿・便から見える臓器機能の現況(血液・尿便検査)
フィラリア感染の有無(血液検査)
腸内寄生虫の有無(便検査)
心臓・骨・臓器の形状異常(レントゲン・エコー)
ワクチン歴と感染症への予防医療
健康チェックで見えにくいこと・注意が必要なこと
歯周病の深刻度(口腔内の詳細評価には麻酔処置が必要)
慢性疾患の初期段階
遺伝性の関節疾患(股関節形成不全など、若いうちは症状が出にくい)
短頭種気道症候群の進行度(レントゲンやCT、内視鏡検査が必要)
難聴・視覚障害(専門的な検査なしでは重症度が不明)
精神的トラウマや社会化不足に起因する行動問題
お迎え後はかかりつけ医でフルチェックを
保護施設が実施する医療措置は、費用・時間・スタッフが限られている中で実施されています。そのため、すべての犬に完全網羅した検査ができているわけではないことを、念頭に置いておきましょう。そして、保護犬を迎えたら、なるべく早くかかりつけ動物病院でのフルチェックを受けることがおすすめです。
とくに以下のケースでは、追加の精密検査が有効です。
中高齢(7歳以上)の場合:心臓・腎臓・肝臓の精密検査
大型犬の場合:股関節のレントゲン評価
繁殖引退犬の場合:口腔内チェックと歯周病の評価、子宮蓄膿症・乳腺腫瘍の確認
フィラリア流行地域出身の場合:フィラリア抗原検査
「健康と聞いていた」という前提は、「現時点で明らかな異常はない」という意味であることを理解しておくと、迎えた後の準備をより現実的に整えることができるでしょう。
Q1. 保護犬の譲渡費用には、どんな医療費が含まれていますか?
A. 一般的には、狂犬病ワクチン・混合ワクチン・マイクロチップ装着・ノミダニ駆除・フィラリア検査・不妊去勢手術などの実費が含まれています。ただし、団体や自治体によって含まれる項目は異なります。詳細は医療明細や領収書の提示を求め、確認することをお勧めします。
Q2. フィラリアに感染している犬を迎えた場合、治療はどうなりますか?
A. 感染の段階によりますが、治療には成虫駆除薬の投与や、場合によっては外科的処置が必要になります。費用は数万円〜十数万円になることもあります。感染が判明した場合は、治療期間中に激しい運動を制限する必要があります。保護団体が既にフィラリア検査・治療済みかどうかを、引き取り前に必ず確認してください。
Q3. ワクチンは迎えたあとも継続が必要ですか?
A. はい。狂犬病ワクチンは法律で毎年の接種が義務付けられています。混合ワクチンも年1回の継続接種が推奨されています。かかりつけ医の指示のもとで接種スケジュールを管理しましょう。
Q4. 健康診断で「異常なし」と言われても、後から病気が判明することがありますか?
A. あります。特に心臓病・慢性腎臓病・肝臓病は初期に症状が出にくく、検査項目が限られていた場合に発見が遅れることがあります。保護犬を迎えた後に、かかりつけ医でのフルチェックを受けておくことで、基本データを作ることができ、将来の比較に役立ちます。
Q5. 不妊・去勢手術は必ず行われていますか?
A. 団体・施設によって対応が異なります。譲渡前に実施済みの場合もあれば、「譲渡後に里親が行う」という取り決めになっている場合もあります。手術が未実施の場合は、メスでは子宮蓄膿症・乳腺腫瘍のリスク、オスでは前立腺疾患のリスクがあるため、早めに動物病院に相談することをお勧めします。
Q6. 基本的な健康診断を自費で受けると総額でいくらかかりますか?
A. 身体検査+血液検査+尿便検査のセットで10,000〜20,000円程度が目安です。レントゲン(3,000〜5,000円)・腹部エコー(3,000〜5,000円)が加わると20,000〜30,000円以上になるケースもあります。これに加え、必要に応じてフィラリア検査(抗原検査:2,000〜3,000円)・歯石除去(数万円)・不妊去勢手術(15,000〜50,000円)が加わります。初年度は特に費用が集中しやすいため、ある程度の余裕を持っておくことが大切です。
Q7. 保護犬の精神的なトラウマは、動物病院で相談できますか?
A. 動物病院でも行動学の相談を受け付けているところがありますが、専門家は「認定動物行動コンサルタント」「獣医行動診療科」を標榜する病院・専門家に相談するとより詳しいアドバイスが得られます。保護団体によっては、引き取り後のアフターサポートとしてドッグトレーナーが相談に乗ってくれる場合もあります。まずは保護団体やかかりつけ医に「相談先」を尋ねてみるとよいでしょう。









