
保護犬が生まれる一因となる「多頭飼育崩壊」。現場の様子を公開しているYouTubeなども増え、糞尿が散乱した部屋、やせ細った犬猫、近隣への悪臭といった衝撃的な映像に、「なぜこんな状態になるまで放っておいたのか」という疑問や、飼い主への批判的な思いが湧き上がる人も多いでしょう。
しかし多頭飼育崩壊の現場の背景には、高齢や精神疾患、貧困といった理由で孤立している人が存在します。ペットに関する問題は、実は「社会課題がペットを通じて現れている状態」とも言えるのです。
今回は「多頭飼育崩壊」と飼い主側の福祉課題の関係を紐解くとともに、全国初の取り組みとして2025年11月に始動した神奈川県の「ペットリエゾン」という新しい仕組みをご紹介します。
多頭飼育崩壊の「数字」が示す“裏側”
環境省の調査によると、環境省が125の自治体動物愛護管理部局に実施したアンケート(2019年、令和元年度)では、平成30年度に複数の住民から苦情が寄せられた世帯の数が全国で年間2,149件、1自治体あたり平均約20.5件の多頭飼育に係る苦情が存在することが明らかになりました。
そのうち、飼育頭数が「30頭以上」というケースが137件(6.4%)存在し、生活保護を受給していた飼い主は全体の21.3%と事例全体の約5分の1を占めていたこともわかっています。一般の世帯における生活保護受給率は全世帯の約2.4%(厚生労働省, 2023年度)ですから、多頭飼育崩壊の事例では生活困窮世帯の割合が著しく高いことが分かります。
多頭飼育崩壊は、飼い主の「無責任」や「怠慢」によるものでは必ずしもありません。その背景には、もっと複雑な「人の事情」が潜んでいることが多いのです。
「崩壊」する飼い主の3つのパターン
環境省のガイドラインをはじめ、現場の知見を踏まえると、多頭飼育崩壊に至る飼い主には大きく3つのパターンがあると言われています。
- 動物愛護型
野良猫を保護したり、繁殖犬を引き取ったりするうちに頭数が増えていく。「救いたい」という動機から始まり、いつの間にか限界を超えてしまうパターンです。本人は動物愛護活動をしているつもりで、問題が起きていることを認識しにくいケースがたびたび見られます。 - 繁殖放棄型
もともと適正な頭数から飼い始めたものの、不妊・去勢手術をしないまま繁殖が繰り返され、気づいたときには手に負えない状況になるパターンです。 - ライフステージ変化型
高齢化、病気の発症、家族の死亡、失業など、生活環境が大きく変わることをきっかけに飼育が困難になるパターンです。病気の発症や失業、家族の死亡などで社会的孤立を深め、動物に依存する例が典型的だと、現場の自治体担当者は指摘しています。
このうち③は、超高齢社会の日本で増加傾向にあるパターンです。

「孤立」と「ペット依存」の連鎖
なぜ孤立が多頭飼育崩壊と結びつくのでしょうか。そこには複雑なメカニズムがあります。
ペットは「唯一の関係」になりやすい
高齢の一人暮らしの方にとって、ペットはしばしば「唯一の家族」です。ペットは癒しと生きがいを与えてくれる「家族」であり、それも独居高齢者ほどその思いが強くなりがちなのは想像に難くありません。人間とのつながりが薄れるほど、ペットへの依存度は高まります。その結果、「飼えなくなった」と自覚しても、ペットを手放せない、手放すことを考えることすらできなくなるのです。
年金生活で飼い猫に避妊・去勢手術をする余裕はなく、わずか半年で12匹になり、自らも持病で入退院を繰り返しながら、認知症状で徘徊が始まった夫と暮らすうち、室内はふん尿が散乱してしまった……という事例が新聞で紹介されたこともあります。この事例では、自治体担当者が「殺処分してもいいなら引き取る」と提案したものの、女性が拒否したとも紹介されています。「かわいそうだから手放せない」——この言葉の裏には、孤独な人がかろうじて保っているつながりを奪われる恐怖が潜んでいるとも考えられます。
この報道では猫が取り上げられていましたが、それが犬であるケースも存在します。人間とのつながりが薄れるほど、ペットへの依存度は高まり、「飼えなくなった」と自覚しても、ペットを手放せない、手放すことを考えることすらできなくなる事例は全国で発生しています。
孤立が「問題の発見」を遅らせる
多頭飼育の苦情は近隣住民から寄せられることが多いですが、大抵はその段階で既に飼い主と近隣住民との関係が悪化しています。問題が深刻化してから初めて外部に発覚するのは、孤立した飼い主が誰にも相談できず、行政の訪問も拒否してしまうから。支援の手が届く前に、状況が取り返しのつかないところまで進んでいる——それが多頭飼育崩壊の「発見の遅さ」の裏側です。
「崩壊」が飼い主のさらなる孤立を招く
飼い主の経済状況が逼迫すると、飼い主の生活環境の基本である衣食住そのものの状態の悪化(身体や衣服の汚れの放置、栄養状態の悪化、多頭飼育に起因する住居の損傷の放置、家賃滞納による退去要請等)を引き起こす可能性があります。近隣住民との関係にも影響し、地域における飼い主の孤立、もしくは飼い主の人間不信に発展する場合もあります。
人間不信になると、他者との円滑なコミュニケーションや信頼関係の構築が阻害され、必要な支援を求めることも受けることも困難になることから、飼い主の生活環境はさらに悪化していきます。
孤立→ペット依存→多頭化→生活悪化→さらなる孤立——この連鎖を断ち切ることは、動物愛護だけの視点では難しく、人の福祉と一体的に対応する必要があります。
飼い主の「福祉課題」——データが示す実態
環境省のアンケートによれば、多頭飼育崩壊した飼い主の中には、聴覚障害、認知症、寝たきりの高齢者、知的障害、精神障害(うつ病・震災によるPTSD)、その他心筋梗塞等の疾病等により入院・通院している事例や、アルコール依存症等の事情を抱える事例が複数報告されており、正確な診断はないものの認知症や発達障害の可能性があると指摘される飼育者も存在していたことが示されています。また、動物愛護管理部局が抱えている多頭飼育に関する課題について、「多頭飼育者が生活に困窮しており、引取りや不妊去勢の手数料を支払えない」(85.0%)が最も多く挙げられ、「多頭飼育者が動物の所有権を手放さない」(83.3%)、「多頭飼育者とのコミュニケーションができない」(73.3%)と続きます。
つまり、認知症、知的障害、精神障害等による“判断力の不足”によって適切な飼育管理ができていないと考えられるのです。
高齢により飼い主の体力や判断力が低下し、動物を適切に飼育することができなくなるケースや、経済的に困窮し動物の餌代のために借金をする、家賃の滞納のため住居から強制退去させられる例もみられます。
こうした飼い主が自らの努力によって問題を改善することは非常に難しく、周囲のサポートが必要となります。多頭飼育問題は、動物愛護、公衆衛生の観点から問題をとらえることが多いですが、「悪意のある人が起こす問題」ではなく、支援を必要とする人が支援にたどり着けないまま起きてしまう問題と考えられるのです。

「福祉」と「動物」を橋渡しする全国初の試み、神奈川県「ペットリエゾン」とは
多頭飼育崩壊に限らず、高齢者とペットの関係には見えにくい福祉課題がもう一つあります。それが「ペットを手放せないために、自分の治療を受けられない」というものです。
ペットへの愛着が強ければ強いほど、入院・転居時に「誰がこの子の面倒を見るのか」という問題が壁になります。そして支援につながれないまま、状態が悪化していくのです。
こうした問題は、動物愛護の担当者に相談が来るわけでも、福祉のケースワーカーが単独で解決できるわけでもありません。「福祉」と「動物」の両方を橋渡しできる仕組みが必要だという議論が、長年にわたって続いてきました。
その問いに、一つの答えを提示したのが神奈川県の「ペットリエゾン」です。
「ペットリエゾン」とは、「ペット」と「リエゾン」(フランス語で橋渡しの意味)をかけ合わせた造語。2024年12月の「黒岩知事と当事者が語るオンライン対話」がきっかけで、参加者から「多頭飼育崩壊を防ぐには、福祉と動物の両方に理解のある窓口が必要」との声が上がったことから生まれました。
ペットリエゾンでは専任の獣医師が福祉関係機関を訪問し、ケースワーカーなどから福祉的な支援を必要とする方のペットに関する情報を聞き取り、適切な飼い方のサポートをすることで、多頭飼育崩壊の未然防止につなげていく体制をとっています。例えば南足柄市では、県から一般公募で選ばれた2人の獣医師が週1回活動。地域包括支援センターや社会福祉協議会など福祉関係機関を訪問し、ケースワーカーらの相談に対して飼い主への助言を行っています。
「支援対象者宅を訪問するたびに犬や猫が増えている」「ペットの飼育環境が不衛生になっている」「ペットがいることを理由に、入院・施設入所・転居を拒んでいる」——これらは動物愛護担当者だけでも、福祉担当者だけでも対応が難しい事例に対し、ペットリエゾンが介入することで解決に導いていきます。動物に関する専門知識を持ちながら、福祉機関の「通訳」として機能する——このような公的システムは全国でも初めての取組みです。
令和7年11月の活動開始から令和8年3月末まで小田原市及び南足柄市を中心に延べ157施設を訪問し、ケースワーカーなどから福祉的な支援を必要とする方のペットに関する情報を聞き取り、適切な飼い方のサポートが実施されました。令和8年度は訪問地域を拡大し、2市に加えて県西地域の8町を中心に訪問することとなっています(神奈川県記者発表資料, 2026年4月)。
なお、ペットリエゾンへの相談は「福祉関係機関向けの相談窓口」となっており、一般の方からの直接相談窓口ではありません。福祉支援が必要な方のペットに関する相談は、地域包括支援センターや社会福祉協議会などを通じてつないでもらうのが現状です。
多頭飼育崩壊を起こさない、ペットを手放さないために出来ること
ペットを飼えば、誰でも加齢や病気、経済的困難により、飼えなくなる可能性は出てきます。多頭飼育崩壊は決して一部の人の問題ではなく、誰にでも起こりえること。そのため、リスクが高いと考えられる高齢者や独居の人には譲渡しなかったり、一定の基準を設けている保護・譲渡団体もあります。
ペットを飼う際は、自分が「手放す立場」にならないために出来ることを、ぜひ振り返ってみてください。
・早めに相談する
「まだ大丈夫」と思っているうちに行動することが、崩壊の予防につながります。地域包括支援センター、社会福祉協議会などへは困ってから駆け込むのではなく、その寸前で相談できる場所として活用してみてください。
・「緊急連絡先」を決めておく
自分が突然入院した場合や死亡した場合に、ペットを誰に託すかを事前に決めておくことは、ペットを飼う誰もがやっておくべき準備です。
・「地域の見守り」に参加する
ペットが増えている近隣の一人暮らしの高齢者に気づいた場合、「動物の問題」として通報するだけでなく、「その人は助けを必要としているかもしれない」という視点で地域包括支援センターや民生委員に相談することが、問題の早期発見につながります。
・不妊・去勢手術の徹底
多頭飼育崩壊の多くは、不妊・去勢手術をしないことによる急速な繁殖が引き金です。費用が不安な場合は、各自治体の助成制度や「どうぶつ基金」のような支援制度も活用してみましょう。
Q1. 多頭飼育崩壊の件数はどのくらいですか?
A. 環境省の令和元年度アンケート調査(125自治体対象)によると、2018年度に複数住民から苦情が寄せられた多頭飼育世帯は全国で年間2,149件、1自治体あたり平均約20.5件にのぼります。
Q2. 多頭飼育崩壊を起こす飼い主はどんな人が多いですか?
A. 環境省の調査では、多頭飼育崩壊の事例の飼い主のうち生活保護受給者が全体の21.3%を占めていることが明らかになっています。また認知症・精神障害・知的障害などが疑われるケース、アルコール依存症・持病により通院・入院中のケースなど、支援を必要とする状態の飼い主が多く報告されています(環境省令和元年度アンケート調査)。
Q3. 孤立と多頭飼育崩壊はどう関係しているのですか?
A. 社会的に孤立した高齢者や生活困窮者にとって、ペットは「唯一の家族」となる場合があります。孤立が深いほどペットへの依存度が高まり、手放せなくなります。また、孤立は問題の発見を遅らせ、支援の拒否につながります。さらに、多頭化が進むことで近隣との関係が悪化し、さらに孤立が深まるという悪循環が生じます(環境省ガイドライン)。
Q4. 「ペットがいるから入院できない」という問題は実際にあるのですか?
A. あります。神奈川県のペットリエゾンが設置された背景の一つに、福祉関係機関のケースワーカーから「ペットがいることを理由に、入院・施設入所・転居を拒んでいる」という困りごとの相談が実際に寄せられていることが挙げられています。高齢者が自分の治療・療養のために必要な決断をできなくなる問題は、見えにくいながらも深刻です。
Q5. 神奈川県の「ペットリエゾン」とは何ですか?
A. 2025年11月に全国初の取り組みとして始動した「訪問型動物相談支援員」の制度です。生活困窮など福祉的な支援を必要とする人のうちペットに関する困りごとを抱えるケースを支援する専任の獣医師が、地域包括支援センターや社会福祉協議会などの福祉機関を積極的に訪問。ケースワーカーらの相談に応じ、飼い主への助言や必要に応じてペット関連事業者への橋渡しを行います。2025年11月から2026年3月末までに延べ157施設を訪問し、2026年度は対象地域を拡大しています。
Q6. 多頭飼育崩壊はどうすれば防げますか?
A. 主な予防策として、①不妊・去勢手術の徹底(費用は各自治体の助成制度やどうぶつ基金などを活用)、②「飼えなくなった場合の緊急連絡先」を事前に決めておくこと、③問題が深刻化する前に地域包括支援センター・社会福祉協議会・動物愛護センターへ早めに相談すること、④地域の見守りとして近隣の一人暮らし高齢者のペット状況に関心を持つことが挙げられます。問題が顕在化してから対応するのではなく、「未然防止」の視点が重要です。
Q7. 多頭飼育崩壊の現場で動物を保護するだけでは解決しない、とはどういうことですか?
A. 飼い主の高齢・貧困・精神疾患・孤立といった根本的な福祉課題が解決されないまま動物だけを保護しても、同じ状況が再発するリスクがあります。環境省のガイドラインでも「飼い主の生活支援」「動物の飼育状況改善」「周辺環境改善」の3つが同時に必要と明示されており、動物愛護部局だけでなく福祉部局・警察・ボランティア・地域が多機関連携で臨むことが求められています。









